五稜郭といえば戊辰戦争、新撰組など幕末の歴史の幕として有名である。
そして、星型の城郭が多くの人のイメージであるに違いない。
いくつか同じようなタイプのものをあげてみようと思う。
(以下5枚の出展 google earthより検索)
(イタリア アレッサンドリア)
日本ではあまりこのタイプの城郭は見られない。
この星型のタイプはヨーロッパに多い。
城郭には大抵、城壁が用いられている。
城壁はもともと、農耕の豊作、不作といった結果による富の蓄積の違いから争いが生じるようになったため、外的から身を守る手段として発展してきた。
城壁の周りには堀を作るなど、外部からの進入を防ぐ手段は様々であった。
ちなみに星型の利点は死角が少ないことである。ある1地点から見渡せる範囲が広い。
四角い枠を考えてみると差は歴然である。
城壁の周りには堀を作るなど、外部からの進入を防ぐ手段は様々であった。
ちなみに星型の利点は死角が少ないことである。ある1地点から見渡せる範囲が広い。
四角い枠を考えてみると差は歴然である。
なぜ函館ではこのタイプが現れたのか五稜郭の資料を見てみたところ、
ペリー来航後日米和親条約が結ばれ、箱館が開港することになるのだが、
蝦夷地の統治に加えて外国船を取り締まる必要性があり、役所を開くことにした。
ペリー来航後日米和親条約が結ばれ、箱館が開港することになるのだが、
蝦夷地の統治に加えて外国船を取り締まる必要性があり、役所を開くことにした。
その際、フランスの軍艦の軍人の教えを受け設計したようである。
開国ありきの形だったわけだ。
じゃあなぜ日本では星型のような形の城郭や、城壁文化が発達しなかったのだろうか。
じゃあなぜ日本では星型のような形の城郭や、城壁文化が発達しなかったのだろうか。
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